大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和29年(ラ)42号 決定 1954年7月07日

抗告人 丸山一郎(仮名)

相手方 川田房子(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告事由は縷々長文にわたるけれどもその要旨は、

(一)  抗告人及び相手方間には相手方の申立に基き昭和二十八年二月十日離婚及び財産分与の調停が成立した。その調停条項中に「木造瓦葺二階建居宅一棟坪二十八坪外二階十坪の建物及びその敷地」とある「その敷地」とは、右建物の建つている○○○町○○○字○○○番宅地五十七坪の内その建物の建坪に相当する部分を指すものであつて、その建坪は実測上二十五坪五合一勺であるから、相手方に分与すべき敷地も二十五坪五合一勺だけである。

しかるに相手方は既に調停が成立したにかかわらず、右宅地全部の分与を求めるため再び原裁判所に本件財産分与の調停申立をなし、その調停が不調となるや、原裁判所は相手方の申立を容れて右宅地全部を相手方に分与すべき旨の本件審判をしたが、それは抗告人の到底承服し難いことである。

(二)  相手方の申立事実や原審判の認定事実には無限のことや著しく事実に反するものが少くない。抗告人が健康を害し入院するようになつたのは、相手方との婚姻後仕事に精励し過労に陥つた結果であり、相手方が抗告人の看護を放棄したのは抗告人の不品行のためではなく借家のことで夫婦喧嘩をしたことに基因する。抗告人は子供や病中の相手方を放置したわけではなく現に丸山勇二をして入院費等金十三万円を相手方に届けさせたけれども拒絶されたのである。抗告人が財産を他に売却しようとしたこともない。かえつて抗告人は相手方との婚姻によつて得た財産の收入を増加し且つ昭和二十八年○月には実家の援助を得て建坪五十五坪の車庫を新築した。もし相手方に前記宅地全部を分与すれば、婚姻によつて得た財産で抗告人に残るものは時価三百五十万円程度に過ぎない。よつて原審判は不当であるからこれが取消を求める。

というのである。

記録によれば、昭和二十九年二月十日原裁判所において相手方の申立に基き相手方及び抗告人間の離婚及び財産分与等家事調停事件(同庁昭和二十八年(家)イ第二三号)につき、相手方と抗告人は離婚し、抗告人は相手方との婚姻によつて得た財産の内○○○町○○○字○○○番宅地上にある「木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二十八坪外二階十坪の建物及びその敷地」並びに現金十万円を相手方に分与することその他の条項からなる調停が成立したところ、その後右調停条項中「その敷地」の範囲について疑義を生じたため、相手方は同年三月二十日再び原裁判所に対し前記○○番宅地(公簿面積五十七坪)全部の分与を求める旨の調停申立をしたが、その調停は不成立に終つた。そこで原裁判所は同年四月九日右宅地全部を相手方に分与すべきものとして、抗告人は相手方に対し該宅地の所有権移転登記手続をなすべき旨の本件審判をしたことが認められる。

叙上のとおり本件当事者間には既に財産分与の調停が成立したけれども、その調停条項中「その敷地」とあるのは、果して前記建物の存する○○番宅地全部であるか、それとも該宅地の内その建物の建坪に相当する部分だけであるか不確明であつて、当該調停事件記録及び本件記録を精査しても、その範囲を確定すべき資料を見出し得ない。もつとも右宅地には前記二階建の建物以外にも抗告人所有の平屋建居宅(建坪十七坪)が存在しこの建物は分与財産に属しないことは記録上明であるけれども、そのため直ちに「その敷地」とあるのを前記二階建の建物の建坪に相当する部分だけだと断定することは早計である。このように審判事件に関する調停においてその調停条項の一部が不明確で且つその内容を確定することができない場合には、その不明確な部分については当該調停は確定の審判と同一の効力を認め得ないから、その部分は更は調停又は審判によつてその内容を確定する以外はない。従つて先になされた調停条項中内容を確定し難い前記不明確な部分について更に相手方が本件調停申立をなしその調停が不成立に終つたため原裁判所が本件審判をなしたのはもとより適法である。

そこで更に原審判の内容に関しその当否を審査するに、記録中の各審問調書、戸籍謄本及び各証明書によれば、抗告人は昭和二十二年○月○○日相手方と入夫婚姻をなし戸主となり、その間一子美子を儲けたが、昭和二十三年秋頃肺結核にかかり、間もなく入院し治療に努めた結果昭和二十五年初頃退院し、爾来実家で静養中であること、相手方は抗告人の入院中専心看護に従事していたが回復期に向つた抗告人の素行上のこと等から夫婦間に不和を生じついに抗告人と別れ、昭和二十八年初頃から肺結核を患い目下入院治療中であつてその治療費は全部伯母杉村久子が支弁していること(もつとも昭和二十八年十一月頃になつて抗告人は相手方に治療費等金十三万円余を提供したけれども拒絶された)幼少の一子美子も杉村久子が養育中であつた美子の親権者は、先の調停で相手方と定められたこと、抗告人の所有財産は総て相手方との婚姻によつて得たものであつて(抗告人が実家の援助を得て家屋を建築したことの証拠はない)、その内前示二階建の建物一棟及び○○番宅地五十七坪は時価合計金二百万円以下でその余の財産は時価合計金三百五十万円を下らず、従つて先の調停によつて相手方に分与することになつた右建物及び現金十万円の外に右宅地全部を更に分与しても、その分与財産の総額は時価合計金二百十万円以下であつて抗告人の保有財産の約六割に当り、又抗告人はバス停留所の請負経営及び地代家賃等によつて月額四万円の收入を挙げ、右財産を分与してもなを月收三万を下らないに反し、相手方には分与財産による月額約一万円の家賃收入以外に收入がないことを認めることができる。

叙上諸般の事情を考え合せると、先の調停で相手方に対する分与財産と確定した建物及び現金以外になを前記○○番宅地全部を相手方に分与しても決して多額に過ぎるものとは考へられない。さすれば原審判は相当であつて本件抗告は理由がないから、抗告費用は抗告人の負担とし主文のとおり決定する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例